あとがきとかメモとか諸々。
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夢祭りログ臨時投下。
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ポンっと、エンジェルがキーを一つ叩くと、低い唸り声のような音をたててスーパーコンピューターは演算を開始した。
カリキュレーションノイズを盛大にたてながら、物凄い速さで次々と情報が処理されていくのを眺める。
しばらくすると、モニタには命令完了の表示が出た。
エンジェルは慣れた手つきでモニタに展開されたウィンドウを次々と閉じていく。最後に残ったウィンドウを閉じると、エンジェルはスーパーコンピューターの電源を落とした。
「おわりました」
言うと同時に、どさりと事務椅子に腰を下ろし、背もたれに全体重を預ける。
「――――つかれた……」
「おつかれさま」
はあぁ、と深く溜息をつき、エンジェルは瞳を閉じる。瞳を閉じても、瞼の裏で光がちかちかと点滅している。肩は凝るし、そのせいか軽く頭痛までしはじめた。眉間に皺が寄っているような気になるのは、今までそこに力を入れていたからだろう。
当分モニタなんてみたくないし、コンピューターなんていじりたくもない。
「……つかれた」
と、エンジェルはもう一度呟いた。
「ボク、電磁波中毒者(デジタリアン)やめよーと思います」
「いい機会だからパソコン以外の仕事も覚えたら?」
「ああ、やっぱりキーボードに触ってないと禁断症状が……っ!」
「――馬鹿?」
というと、デビルもその身体を背もたれに預けた。ギィと椅子の背が軋む音がする。
「これで終わってくれるといいんですけど」
「今回の件に関してはこれで終わりでしょうよ」
はん、とデビルはわらう。
「これから地獄の始末書と事後処理が待ってるわよ――終わり?素敵な言葉ねぇ。うっとりしちゃう。魅力的だわぁ」
「いわないでください。考えたくない……」
始末書の量こそあのときよりも少ないのだろうが、事後処理まで考慮にいれれば、その労力はあのときの比ではないだろう。
当分、心穏やかに過ごせる日々は来そうにない。707便を送り出して以降、口を開けば真っ先にでてくる言葉は「つかれた」だ。ゆっくり、なんぞという単語とはすっかり縁遠くなっているような気がするのは気のせいではないだろう。
此処に来てからさほど休暇に頓着しないようになったが(何せ、寝起きを此処でしているのだ。休みがあったって此処からどこかに出かけられるわけでもない)、それでも久しぶりにまとまった休みが欲しいと思った。
何をするわけでもなく、ただひたすら寝て、ぼんやりするとか、そういう類の。
エンジェルがそう告げると、デビルは一言、「枯れてる」と返した。
「貴重な休みなのに他にすることないの?」
「ないです。すみません」
とはいえ、デビルだって休みを貰ったところでそれを持て余すだろうことは想像に難くない。本当に仕事以外に関しては不器用なひとだ、このひとは。
それにしても。と、エンジェルは呟く。
「今回はあのひとにハメられましたね」
「今回“は”?今回“も”でしょう」
確かに。彼はいつも問題を抱えてやってくる。彼=問題といってもいいくらいだ。
そして、それに対して苦労したりえらい目にあわされるのは決まってこちら側の者で、彼自身は大して何もしない。何かあったら割を食うのはエンジェル達であって、彼ではない。不思議なことに、彼にだけは被害が及ばないようにできているのだ。世の中うまくできすぎていて嫌になってくる。
「まぁ……今迄のやり方に欠陥がみつかって、今後の改善点ができた――今回はそれがわかっただけよしとしないと」
「あとは、倉庫の掃除ができたことですね」
「あんたは掃除してないでしょうが」
「綺麗になればそれでいいんです」
「……」
そもそも、今回の件の発端は倉庫の掃除不足にあるといってもいいだろう。
光の国へと行った人間の――此処から去った人間の私物は、殆ど彼等自身が此処にいる間に処分される。稀に処分されずに遺されてしまった物は、支給品なら回収して再利用されるが、それ以外はまだ此処にいる親しかったひと達に預けられる。それが慣例となっていた。
これに関しては特筆すべき規則はないので、こちらで一括して処分してしまってもいいのだが、やはりそれは気が引ける。
あの子の場合は、本当に急だった。
だから、結果としてあの子の私物は全て残ってしまったのだ。そして、倉庫の中でひっそりと眠っていた。
その中には、あの子のパスポートもあった。あのときから、そのまま。
定期的に掃除していれば、それにちゃんと気付いただろう。
「未処理のパスポートがあんなに恐ろしいもんだとは思いませんでした」
「本当に」
結局、あのとき、あの子のパスポートは使わなかった。
あの子はパスポートを拾ったことにして、代わりにもう一つ新しいパスポートを再発行したからだ。あの子のパスポートを使う必要はどこにもなかった。
持ち主を失くしたパスポートがどうなるか。
そんなことは知らなかった。
そも、あのときの事態が初めて尽くしの異様なことだったのだ。その後のことだって全て初めてに決まっている。
「わかってたら、とっとと処分したのに」
「デビル」
と、エンジェルは咎めるように呼ぶ。
しかし、デビルのいうことももっともだ。そうすれば、今回のようなことは起こらなかっただろう。今後、何らかの事情で、仮に未処理のパスポートが存在するようなことになったら、きちんとした対応をしなければならない。
単純な言葉遊びだ、と彼は言った。
『人の生の全てがパスポートに記されて、スーパーコンピューターで管理されているんだろう?だったら、未処理のままのパスポートは処理されるまでは有効なんじゃないかな?そこに記された通りの人生を送って、そのパスポートを使ってくれるひとが現れてくれるまで――処理されるのを待っている』
持ち主を失くしたパスポートは、呼ぶのだ、持ち主を。
『パスポートは人が亡くなると同時にその手に渡って、処理されることによってその役目を終える。パスポートにとってそこに記された通りの人生を歩んで生きてくれる人間というものは必要なんだと思う。人が先かパスポートが先かといえば、勿論それは人なのだろうけれど――否、それもわからないか。何にしろ、パスポートがロジックを完成させて、その課題を解決するためにはあの子が必要だったんだと思う』
全く、恐ろしいはなしだ。
だから、処分は行きすぎだが、速やかに処理して管理をする必要があるだろう。やはり、此処を去ったからといっておざなりにしてはいけない。
到着した瞬間から出発直前まで安心安全のサポートをお届け!
というのが此処のモットーである。アフターケアもばっちりとしなくてはならない。
「それはそうと」
エンジェルは上体を椅子に預けたまま、顔だけをデビルの方に向けた。
「アレ、あなたですよね?」
「何よ?」
「あの子の私物を倉庫にいれたの」
「――」
デビルは不本意だとでもいいたげに眉根を寄せ、「そうよ」と、不機嫌そうにこたえる。
「ありがとうございます」
仮に廃棄されていたら――どうなったかはわからないが、洒落にならないようなことになっていた気がする。
「別に。捨てるわけにはいかないでしょう?あのときは、あいつらに渡しても良い気分しなかっただろうし」
だからといって、自分の手元に置いておきたくもなかった。
はっきりとは言わなかったが、そうなのだろう。どうやら、このひとは、いなくなった人間のことをつとめて意識の外に追いやっているようだから。
「だから、職員に頼んでまとめて倉庫に置いておいてもらっただけ。あのとき、リストだけでも作っておけばよかったわよ」
まさか、その中にパスポートが入っているなんて思わなかったし、ましてそれが未処理だなんて思わなかった。
と、デビルはいう。
「反省するなら猿でもできますからねー」
「じゃあ、反省すらしないあんたは猿以下ね」
「ごめんなさい」
猿以下というと何になるのだろうか。
と、エンジェルは一瞬真剣に考えた。突っ込み返してみようかと思ったが、「ゾウリムシ」とか返されたらさすがにかなしいので止めておいた。我ながら賢明な判断だと思う。
「しかし、大丈夫でしょうか?」
「何が?」
「これで、あの子は」
未処理のパスポートを処理することによって、あの子のこれからは変わる。
エンジェル自身は直接会っていないのでわからないが、今地球にいるあの子はパスポート通りの――光の国へと行ったあの子と同じような生を送っているはずだ。基礎は両方とも同じといってもいい。
「大丈夫だと思うけどね」
「そうでしょうか?」
パスポートが処理されて、それに縛られなくなったとしても、同じ選択をしてしまわないだろうか。
「ピコとあいつがいて大丈夫じゃないはずがない」
「それは、まぁ、そうですけど」
それでも、不安は残る。
これからのことに保障なんてどこにもないのだから。
「――結局、生きてる人間が一番強いのよ」
「……」
「あれだけみてればわかるでしょう?身体もこころも運も何もかもひっくるめて、生きてる人間は強い。生きてるだけで強いのよ」
――自我もね。
と、そのひとはいった。
生きている人間の自我は強すぎて、他を受け入れることは容易ではない。
こちら側の想いが届くだなんていうのは幻想だ。
「此処からごたごたいったところで、何がどうなるわけでもない。どうにかできるとしたら、同じように生きてる人間だけ」
ふと気になって視線を向ける。そのひとは静かに瞳を閉じていた。
「此処で何かできることがあるとしたら、ただ祈るだけ」
ただひたすらに願う。
あの子達のこれからが良きものであるよう。
つらく苦しいことがあっても、それらをのりこえることができるよう。
しあわせであるように。
「……そうですね」
と、エンジェルは呟いた。
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