あとがきとかメモとか諸々。
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GH:麻衣と真砂子
*****
渋谷駅の改札を抜けたようとしたとき、人混みの中に見慣れた人影を見つけて、麻衣は一瞬足を止めた。
「おっと……ごめんなさい」
と、慌てて周りの人たちに迷惑にならない場所に移動しながらも、目はその人を追いかけたままだ。
何だってこんなところに?
と、内心首を傾げつつ、いやいやまがりなりにも東京都民なんだから渋谷に用事の一つや二つあることだってあるだろう。と、自ら突っ込みをいれる。
だが、本当に気にかかったのはそんなことではない。
何だってこんなところに、そんな格好で?
その装いが普段見慣れたものとは全く違っていたから。ついつい声をかけるのを躊躇ってしまった。
声をかける理由がない。
何か私的なことで来ているのだろうし、そんなことをされても迷惑だろう。
麻衣の視線の先で人混みの中にその後ろ姿が埋もれていく。段々と小さくなっていくそれはとても寂しそうにみえた。
「――……」
理由なんていうものは、きっとそんな程度で充分なのだろう。
一度定期入れをぎゅっと握り締めると、麻衣は改札を抜け、駆け出した。
***
「真砂子!」
前を歩く真砂子の足は意外と速い。とぼとぼと歩いているようにしか見えないのに、なかなか追いつけない。往来ではあまり名前を呼びたくないのだが(何故なら彼女はお茶の間のアイドルだからだ)、仕方ない。その後ろ姿に、麻衣は声をかけた。
その声にその人影は足を止め、ゆっくりと振り返る。顎のあたりで切りそろえた艶やかな黒髪がさらさらと揺れた。
「こんなところでどうしたの?学校の帰り?仕事は?あ、それ制服?可愛いね」
「……麻衣」
真砂子は暫く麻衣を見つめていたが、追いかけてきた麻衣が落ち着くのを見ると、呆れたように呟いた。
「一気に喋られても困ります」
「答えるのは一つずつでいいよー。あ、目立つし歩こう?」
といって、麻衣は真砂子て並んで歩き出す。
「どうしたの?学校行くなんて珍しいじゃん?」
「いくら芸能人学校とはいえ、出席日数というものが存在しますのよ……」
「あ、そっか」
芸能人であっても、年間何日かは学校にいかなければならない。例えタテマエ同然であっても、じゃないと卒業できない。多分。
「げーのーじんも大変だね」
「女子高生程ではありませんわ」
「イヤミか、それ。まあいいや。どうする?ヒマならオフィス寄ってく?」
「え?」
「いやだからさ。何か用事あって渋谷にいたんじゃないの?用事片付いてるなら寄っていきなよ。残念ながらナルはいないけど」
やさしー麻衣ちゃんがお茶くらいはいれてあげよう。
そういって、自らの胸を指すと、真砂子は微かに笑った。
「用事なんて、もとからありませんわ」
「そう?ならいいじゃん。寄り道していきなよ。お夕飯までに帰ればお母さんにも怒られないでしょ?」
果たして真砂子の母親が夕飯時に家にいるかというとそれも疑問なのだが(詳しくきいたことがないからわからないが、真砂子の家も色々複雑そうだった)。それでも、家があるなら夕飯迄には帰るべきではあるのだろう。
お決まりの文句の一つとして、麻衣は訊いた。
「……よりみち」
「そうそう。あ、この間ねー、ぼーさんがきたときにラスク置いていってくれたんだけど。それがおいしいんだ。綾子が持ってきてくれたチョコもあるし。お茶請けには困らないよ」
そこまで話したとき、真砂子がくすくすと笑っていることに気付いた。
「真砂子?どうしたの?」
「いえ――……あたくしね、寄り道なんてしたことなかったなって」
やれ収録だのインタビューだの、スタジオとロケ地を駆けずり回る生活。受けたくもない相談事を叔母が勝手に持ち込むせいで、空いた日にすら依頼人の下へ足を運ぶ日々。
学校に行ったら行ったで、遅刻早退の繰り返し。
「友達と寄り道、なんていう時間はありませんでしたの」
それ以前に、そんな友人もいなかった。と真砂子はいう。
ただの芸能人ではない。霊能者だ。
テレビに出ているような霊能者がどんな目で見られるのかは、麻衣にだってよくわかる。
「――……ってことは、だ」
普通の女の子の生活を、真砂子は知らない。
「学校帰りにお茶したりたこ焼き買って食べながら帰ったり、ひたすらデパ地下回ったりとか、なんかただぶらぶらと雑貨屋覗きながら何時間も歩いたりペットショップのウィンドウのわんこやにゃんこを外から眺めて和んだりとかしたことないわけ?」
「ございません」
「……」
かわいそうすぎる。
それは麻衣の多大なる偏見ではあるのだが。それを知らないなんて、世の楽しみの半分も知らないことと同じように麻衣には思えた。
「――……わかった。わかったよ、真砂子」
「は?」
「あたしが、真砂子に女の子の何たるかとゆーものをちゃんと教えてあげるからね」
「ちょっと、麻衣?」
「とりあえず、オフィス行く前にケーキ買うとこから始めよう」
「ラスクとチョコレートがあるんじゃありませんでしたの?」
「賞味期限長いから全然問題なし。ナルはいないけどリンさんはいるし、日持ちするケーキならいいでしょ」
「そういう問題じゃ……」
「そういう問題だって。今度真砂子がオフの日があったら、渋谷で待ち合わせね?ごはんたべて、マルキューとか色々散々歩き倒して、パフェ食べようね」
「はあ……」
「よし」
半ば無理矢理約束を取り付けると(というか、それ以外に反応のしようがなかったのかもしれない)、麻衣は満足そうに頷いた。
ケーキ選びに熱中しすぎて、オフィスには遅刻をしたのだがそれはまた別の話。
END
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