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05:I can't keep it up.
CFY:ポリーとパトリシア





 *****

 翌朝早くからは、本格的に忙しくなった。
 やると決めたからには早い方がいい。
 残された時間は後2週間しかないのだから。
 2週間
 14日
 336時間
 20160分
 1209600秒
 言い換えたところで、変わるわけでもない。
 むしろ、細かく表せば表すほど、いくら時間があっても足りない気がした。
 はあ。と、小さく溜息をつくと、ポリーは劇場の外へと出る。
 建物の外へ出た途端、日差しに目が眩んだ。
 薄暗いところから太陽の下へと出たせいだろう。
 季節柄だろうか、今日もよく晴れている。
 もっとも、この辺りでは雨季を除いて、天気の悪い日のほうが少ないのだけれど。
 今日も暑くなりそうだ。
 降りそそぐ陽の光に目を細めながら、ポリーは通りへと踏み出した。
 何とはなしに、大通りを歩く。
 大通りは意外にも閑散としていた。
 それもそのはず、まだ普通の店がシャッターを上げる時間には早すぎる。
 通りの端から今来た道を振り返ってみると、劇場近辺だけが騒がしい。
 少し前までなら絶対にありえない光景だ。
 後二週間。
 あっという間にすぎていく、きっと。
 ぼんやりと、ポリーは劇場付近を見つめる。
 沢山の人が、機材が出入りする劇場は、住み慣れた我が家には到底みえなかった。
 「おはよう」
 はっとして、声のした方向を向けば、女性が一人こちらへむかって歩いてくる。
 「お……はよう、ございます」
 「早いのね」
 「……ええ、まあ」
 いえ。あなた方ほどでは。
 と、喉元まででかかった言葉をポリーはなんとか呑み込んだ。
 朝四時に起きている(らしい)人間に比べれば、ポリーの起床時間なんてかわいいものである。
 それで疲れた表情の一つも見せないのだから、やはり驚異的な規格外夫婦だ。
 そこまで考え、ふとポリーは違和感を覚えた。
 「あの、」
 「なに?」
 「御主人は?」
 「さあ?」
 「『さあ?』?」
 「部屋で仕事してるか、寝てるか、散歩してるか……じゃないかしら?私が出てくるときは何か書いてたけど」
 「そうですか……」
 「ああみえてアバウトなひとだから、あのひと。私にもよくわからないわ」
 と、彼女は笑う。
 それはあなたも同じでは?
 と、思ったが、ポリーは口には出さなかった。
 「うちのひとに何か用事?」
 「用は……ない、ですけど」
 「そう?」
 「いつも一緒にいるから……」
 「やだ、四六時中ひっついてるわけじゃないわよ」
 こたえ、彼女は再び笑った。
 正論だ。
 物凄く正論なのだが、彼女がいうと素直に肯きがたいのは何故だろう。
 「それじゃあ」
 と、何事もなかったかのように彼女は歩き出す。
 「あの!」
 ポリーは反射的に彼女を呼び止め、踵を返した。
 「なあに?」
 ほんの少しだけ先を歩く彼女に並ぶように、後を追う。
 「あの……結局、やることにしたんです、ショー」
 「あらまあ、よかったじゃない」
 「――……そう、ですよね」
 「浮かない表情ね?」
 「……」
 「よくなかった?」
 「いえ、そんなことはないんですけど――少し、つかれちゃって」
 色々なことがありすぎて。
 何もかもが自分の知らないうちに過ぎていく。
 ポリーはただ振り回されているだけ。
 自分のことなのに。
 「――もう、がんばれないって思うことってありません?」
 「そりゃあ、あるわよ」
 やわらかく微笑うと、彼女は足を止めた。
 「それなりに生きてればね、落ちこむこととか嫌なことの一つや二つ、しょっちゅうよ?」
 さほど早く歩いていたつもりはないのだが、いつのまにか通りを戻って、ランクのホテルのすぐそばまできていた。
 「なら、」
 「でも、そこで止まってたら先へ進めないわね、きっと」
 彼女はふと宿の二階を見上げると、おもむろに手を振った。
 つられるように彼女の視線を追って上をみると、そこには彼女の夫がいた。
 ポリーは慌てて小さく頭を下げる。
 ポリーにはよくわからなかったが、ポリーが下を向いていた一瞬に何らかのやりとりがあったのだろう。
 「今いくわ」と、彼女は両手をメガホン代わりにして、二階に向けて言った。
 ポリーが呆気たように見つめているのに気付いたのか、彼女は小さく肩をすくめる。
 「やっぱり部屋にいたみたい。こんなに良いお天気なんだもの。引きずり出さなきゃ」
 「はあ……」
 「ああ、そう。別にいつでも全力疾走しろっていってるんじゃないのよ?つかれちゃったら、休めばいいのよ」
 「――矛盾してません?」
 「そうかもね。ああ、そうだ。なら、のんびり歩けば?そうすれば、止まらないし、休憩できるし、進めるし。丁度いいかも」
 と、彼女は一方的に、無理矢理まとめると、「それじゃあ、またね」と言ってホテルの中へと入って行った。
 後に残されたポリーはしばらく呆然とゆらゆら揺れるホテルの扉を眺めていた。
 何度目かに揺れる扉がキィという音を立てて、ポリーはふいに現実に引き戻される。
 こんなところでぼんやりしている場合ではない。
 これから帰ってやることは――やらなければならないことは沢山ある。
 ポリーは軽く溜息をつくと、家路を急いだ。
 なんだかとても笑い出したい気分だった。












END




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05:I can't keep it up.(もう、頑張れない)
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