あとがきとかメモとか諸々。
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GH:真砂子とジョン
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撮影が終わり、車に乗り込むと、真砂子は「はあ」と盛大に溜息をついた。
今日の撮影はことのほか長かった。
無駄に凝り性の監督がその性を発揮したためだ。
監督はやれアングルがどうしただの、コメントに真実味が足りないだの、何かと理由をつけてはカットの撮り直しを要求してきた。
ドラマでも何でもないバラエティの心霊特集に過剰演出はどうかと思うのだが(真砂子はそれを詐欺だと思っていた)、監督の要望では仕方がない。
監督は真砂子にこの後何の仕事もないことを知ってか知らずか、何度も何度も撮り直し、結果、撮影は予定時間を大幅に超過して終了した。
おかげで撮影の後にあった約束は御破算だ。
「随分熱心な監督さんだったわね」
「――……熱心すぎます」
「そんなこというもんじゃないわ。お仕事があるだけでもありがたいとおもわないと」
車を運転する叔母はご機嫌だ。
今日の監督は今までに多数のバラエティー番組をゴールデンタイムに送りこんで成功させている。今回の単発番組もうまくいけば、そのうちレギュラー放送になるか、そうでなくてもシーズン毎に定期的に放送される特番になるだろう。
真砂子としては御免被りたいところだが、叔母のこの様子をみる限り、それは許されなさそうだ。
今後のことを考えると気が重い。
「はあ」と、真砂子は再び溜息をついた。
本来なら、今頃は知人と会っているはずだった。
別に大した用事ではない。
たまたま、この日、撮影が行われるTV局の近くに出てくると、先日知人が言っていた。ならば、待ち合わせてお茶でも……と、どちらからともなく言い出して、待ち合わせて、会うことにした。
相手の性格を考えれば、真砂子が直前になって予定をキャンセルしたからといって後々悪いようにはしないだろう。
真砂子が女子高生の割には多忙で、自分の都合では動けないときが多々あることを、彼は知っている。
それに、お互いに“ついで”の用事だ。
今日会えなかったからといって何か支障があるわけではない。
それでも、真砂子は楽しみにしていた。
つまらない撮影なんかよりも、ずっと。
真砂子は内心で毒づきながら(もっとも、誰に向かってすればいいのかもわからなかったが)、窓ガラスに頭を凭れた。
窓の外には、いつもと変わらない東京都心の景色が流れている。
昼下がりを過ぎ、夕刻に近づく街を行く人々は皆どことなく忙しない。
真砂子の気なんか知らない街は、普段と変わらず慌ただしく時を刻んでいる。
待ち合わせに指定した場所は丁度この辺りだったはずだ。
もう二ブロックほど先の角の喫茶店。都心の真ん中にありながら、そんなことは知らないとばかりに独自のペースでのんびりとそこに在り続ける店。喧騒や忙しなさとは無縁な空間が真砂子はとても好きだった。
“3時に”
それが約束だった。
――もう、一時間半以上も遅れてしまってますのね……。
断りの連絡はなんとかいれた。
今行ったところで、彼はそこにはいないだろう。
ぼんやりとそんなことを考えているうちに、車はその店の前を通り過ぎる。
瞬間、真砂子は目を見張った。
「叔母さま――……」
「何?」
「……とめて」
「え?」
「とめて――車を停めてください」
「ちょっと、そんな急に」
「お願いします」
車が停車する間がもどかしい。
叔母が渋りながらも車を路肩に停めると、真砂子はすぐにドアを開けて駆け出した。
こんなとき、和装は本当に不便だと思う。
いくら慣れているとはいえ、着物に草履では全力疾走なんてできやしない。
それでも走って、走って――目当てのところにつくころには、すっかり息が上がっていた。
「――……ど、して……」
「とりあえず座って落ち着いてください」
彼は突然現れた真砂子に驚いたようだが、すぐに柔らかく微笑うと、向かいの席を勧めた。
「走ってきたんですか?」
「――車から、見えたものですから」
彼の金髪は目立つ。車の中からでもすぐにわかった。
「どうして?」
と、真砂子は訊いた。
「あたくし、随分前に御連絡しましたよね?」
「ええ、いただきました」
「なら――いえ、いいんです。どこにいらっしゃっても、それはブラウンさんの自由ですけれど……でも、あの」
考えがまとまらない。
自分でも何を言っているんだかわからない。
いつもの真砂子らしからぬ反応がおかしかったのか、彼は笑った。
「“どうして”ですか?――どうしてでしょうね」
なんとなく、帰りづらくて。
と、彼はいった。
まあ、そんなものだろう。
居心地の良い喫茶店なら、一人でも1、2時間過ごす客というのは珍しくない。
予想通りの簡単な答え。
それなのに、何だか落胆したような気分になるのは何故だろう。
「まあ、でも、おかげで原さんに会えたんで――よかったです」
「……」
きっと、これにも“ついで”以上の意味はないのだろうけれど。
「なら、あたくしは『遅れてすみませんでした』というべきですね」
「じゃあ、ボクは『いえ。お気になさらず』というべきでしょうか」
その図った物言いに顔を見合わせて笑いあう。
ひとしきり笑うと、真砂子は「遅れてごめんなさい」と、もう一度だけ呟いた。
END
8月6日のやつの続き、みたいな。
書いておいてなんですが、結局おいしい目にあう神父がなんとなく許せません(笑)。
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