あとがきとかメモとか諸々。
×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
ACL:ヴァル。
*****
平日昼間のセントラルパークには穏やかな時間が流れていた。
それもそのはず、こんな時間にこんなところにいる人間なんて限られている。
普通の勤め人は会社でクソ忙しくしているし、学生はまだ学校にいっている時間だ。そんなときに公園でのんびりしている人間なんていうのは大概が暇な人間に決まっている。あとは、なんだかよくわからない人間と。
――別に暇なわけじゃないのよ、私は。
ヴァルは内心でそう呟いた。
――そうよ、私は暇じゃない。
だからきっと向かいのベンチで寝ているおじさんも、少し離れたところを楽しそうに駆けずり回っている子供達だって暇じゃないに違いない。
おじさんは寝ることに忙しいし、子供達は遊ぶことに忙しいのだ、きっと。
――…………。
はあ。
と、ヴァルは小さく溜息をついた。
時間を確認しようとして、腕時計を見やると、そこにあるはずのものがない。すぐに、外して鞄の中に入れ、そのままになっているのだと思い出した。
それでも、膝の上に乗せた鞄を開ける気になれないのは何故か――そんなことはわかっている。
――時間なんてどうでもいいのよね。
何時だろうと別にかまわない。
このあとの予定は帰って、寝るだけ。
本当なら、このあとは久しぶりに買い物に行って、夏物の新作の服と欲しかった鞄を買って、これからに備えるはずだった。
これから。
振り移しをうけて、コーラスを覚えて……忙しくなる予定だった2ヶ月間。そして、その後。
――お買い物は当分おあずけだわ。
買い物のための軍資金は履歴書と顔写真のための代金に変身しそうだ。
――今回は大丈夫だと思ったんだけどなあ。
それでも、結果は結果なわけで。
縁がなかった。
あの演出家とはあわなかった。
出ないほうがいいという天の啓示。
そう割り切るしかない。
はあ。
と、再びつこうとした溜息をヴァルは反射的に飲み込んだ。そして、とっさに身体を丸くして目を閉じる。
「!?」
バサバサっと羽音をたてて、ヴァルのすぐ傍らに鳥が舞い降りたのは、彼女がそうするのとほぼ同時だった。
「なんだ……鳩か、驚かせないでよ」
急に何かがやってきたから、つい身構えてしまった。
瞬時に跳ね上がった脈拍数はまだ少し高いままだ。
心臓の鼓動がいつもより早く、大きく聞こえるのは気のせいではないだろう。
ヴァルのことなんかおかまいなしとでもいうように、鳥はチチチっと小さく鳴いた。
鳩にしては鳴き声がおかしい。普通、鳩は『ポッポ』とか『くるっくー』と鳴くものではないだろうか。
おまけに色も変だ。
青い鳩なんて見たことも聞いたこともない。
――まあ、そんな鳩もいるわよね。
ヴァルは深く息を吐いた。
「あんたはいいわよね、気楽で」
食べて寝て起きてまた食べて寝て……。
鳩はお金がなくても生きていける。
職もプライドも必要ない。
不況なんか関係なしだ。
この界隈なら巣造りに困ることはないし、餌に不自由することもないだろう。おまけに外敵らしい外敵もいない。
「――……そうでもないか」
そのかわり、子供にはわけもなく追い回されるし、時にはごはんにありつけないことだって、雨風を凌ぎきれないことだってあるはずだ。
食べられたら食べられたらでしょっちゅう食べていないといけないし、気楽に飛んでいるだけのように見えて、飛べる体重を維持するために飛びながら用を足したりとやることは盛り沢山だ。
鳩だって鳩なりに忙しい、はずだ。きっと。
「苦労してんのね、あんたも」
まあね。
と、こたえるようにチチっと鳥は鳴いた。
それほどでもないよ。
といいたかったのかもしれない。
――……そうね、それほどでもないのよね。
みんなそれなりに忙しくて、それなりに苦労して、それなりにしあわせで。
それでも、今よりもっとしあわせになるためにがんばっている。
今がしあわせだということを忘れてしまいそうなほどに。
――本末転倒ってやつよね。
でも。
――がんばらなきや意味ないじゃない。
そこで止まってしまったら、それでおしまい。
今までのことも何もかも嘘になってしまう。
「――……さて、と」
こんなときはケーキとアルコールを買い込んで帰って、おいしくいただいて、とっとと寝るに限る。
なんだかんだで明日からだって忙しい。
ヴァルは立ち上がって歩き出す。
見送るように青い小鳥はチチチっと鳴いた。
END
書きはじめたの夏だったんで、夏に向かうお話になってますが、いつの間にか冬に向かう季節になってしまいました……。
PR