(no subject) 2011/05/28__18:18

ユタ：ヒノデロとユタ。

　みえないものをしっている？


　***


　ざあっ！と音をたてて水面に顔を出すと、ユタは大きく息を吐いた。
　大きく二度深呼吸をして落ち着くと、今度は水面に顔を出したまま器用にカエル足をしながら岸まで泳いでいく。
　「随分、上手になったわいな」
　「だいぶね。後は息継ぎだけだよ」
　「そんなのすぐよ」
　「うん」
　肯くと、ユタは「せっ！」と一声あげて岸へと上がった。
　少し離れたところでは、モンゼとダンジャが盛大にバシャバシャと水をかき混ぜている（正確にいうと、モンゼがひたすらに水の中ではしゃいでいるのであり、ダンジャはそれを眺めているだけだ）。
　「ゴンゾは？」
　「おにいさんのとこ」
　「まだ戻ってこないんだ」
　「とうぶん」
　「よくやるよ」
　この暑い中でも相変わらずペドロは小夜子のもとへと足繁く通っている（そしてゴンゾはそれが心配で密かについていっている）。微笑ましいと思う反面、少し胸が痛んだ。
　「ヒノデロは？入らないの？」
　「あたいはこれでじゅうぶん」
　水に浸けていた爪先を上げると、きらきらと水飛沫が飛んだ。
　ふうん。と、ユタはこたえると、岩の上にごろんと仰向けに転がった。
　焼けるような熱さのはずだが、長い間水の中にいた身体には丁度いいのだろう。お日さまの光をその身に浴びて、気持ち良さそうに目を細める。
　ふと、ユタは右手を顔の前に持ってきた。
　「虫だ」
　見れば、ユタの指先を小さな虫が懸命に歩いている。
　ユタは暫く虫に好きにさせ、その様子を眺めていたが、それに飽きたのか、もとのように右手をおろし、そっと近くの地面から生えている雑草の上にその虫を下ろしてやった。
　「本当、どこにでもいるんだね、虫」
　どこにでもいるわけではない。
　寒い地方に住む虫は寒い地方に。暑い地方に住む虫は暑い地方に。
　「めずらしい？」
　「まあね。東京――……前に住んでたところはさ」
　「ええ」
　「あんまりいなかったんだ、虫とか――生き物」
　「そう」
　それは、多分見ていなかっただけだろう。
　気付かなければ、見ようとしなければ、それはいないと同じことだ。
　認識されなければ、それらは存在できない。していても、いないと同じ。
　「――……もっとね、たくさんいるのよ」
　「え、虫？」
　「ほかにも、たくさん」　

　山の奥では天狗が駆けて
　葉っぱの下には小人の家
　厠に行くときに気をつけるのは、
　河童に尻小玉を抜かれないように。

　「何それ？妖怪？」
　「それはひとがそう呼ぶだけ」

　あったはずのものがなくなったり
　なくしたと思ったものがある日突然出てきたり
　一緒に遊んでいたともだちがいつのまにか増えて、
　そして減っている

　「名前をつけないとひとは呼べないから」

　この世には目にはみえないものが溢れている。

　「ひとの目に視えているものだなんてほんとうにほんのすこしのものなんだわよ」

　めにはみえないともだちをしっている？

　「視えるものしか信じられない？」
　「君たちにはみえるの？」
　「あたいたちには」

　そんなの夢さ、御伽噺さなんていっていたら
　出逢うことはできないよ。

　「信じるよ」
　と、ユタはいった。
　「信じる。みんながいるっていうなら、いる。そうでしょ？」
　その言葉に迷いはない。
　とても単純でもっとも難しく――一番、欲しかった言葉だ。
　「……西の外れの島国ではね」
　ヒノデロは瞳を閉じた。
　「“いない”っていうとみえないものは消えてしまうんですって」
　え？と、ユタが訊き返したときには既にヒノデロの姿はそこにはなく、応えるようにさわさわと風が吹いた。











END












また電波なものを書いてしまった……。

『妖精はいないっていうと消えてしまう』っていうのが元ネタです。大昔に何かで読んだんですが、出典が思い出せません。オカルト本か辞典か漫画か小説か……もし「これじゃないかなー」という出典に心当たりのある方がいらっしゃいましたら御一報くださると嬉しいです。