あとがきとかメモとか諸々。
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スリー・ケーの18とかそんなかんじのものです。
html化して編集するゆとりがなかったのでこちらへ。
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*****
雨音が急に強くなった。
アスファルトを打ちつける激しい音が響く。壊れた窓から吹き込んだ雨は少し離れたところにいるジェミマにまで飛んできた。小さな飛沫が頬に掛かり、ジェミマは微かに顔をしかめた。
「ったく……本当に手の掛かるガキだな」
嘆息しながらランパスキャットはいった。
ガキじゃないもん。
と口には出さずにジェミマは呟く。
「何したかったんだか知らんが、もう気は済んだだろう。帰るぞ」
「――……探しにきてくれたの?」
意外そうにジェミマが訊くと、「それ以外に何がある?」と返ってきた。
「そういう理由でもなきゃな、こんなところになんか来やしないさ」
こんなところ。
と、吐き捨てるようにランパスキャットはいう。そこに侮蔑の色はなかった。ただ、面倒だとあからさまに告げている。
それでも、捜していてくれたのだ。
どんなに面倒でも、この地域に入りこんでしまったジェミマを。
約束を破った自分を。
安堵すると同時に、どうしてだろうという気持ちがわいてくる。
「ねぇ……どうして?」
「何?」
「あたし、此処にくるって誰にもいってない」
「ウチの窓から見えた」
「……」
なんて単純。
なんだか不思議な縁のような――運命的な何かに引き寄せられたのではないかと、ほんの少しだけ期待したのに。
そのこたえを聞いた瞬間、張り詰めていたものが切れたのか、急に何もかもがどうでもよくなってきた。くだらない意地をはり続ける自分が何とも馬鹿馬鹿しく思えてくる。
今、このまま「あ、そう」と一言いって、何もなかったかのように帰れば、全部なかったことにできる――そんな気がした。
どう切り出そうかとジェミマが迷っていると、ランパスキャットは 「ほら」と、その手を引いた。
「帰るぞ。みんな、待ってる」
――みんな
それは嘘だ。
次の瞬間、ジェミマはその手を思いっきり振り払っていた。
「あたし、帰らない」
***
初めて“寂しい”と思ったのはいつだろう。
それは一人が寂しいということを知ったときと同じような気がする。それまではそもそも一人が寂しいということすら知らなかった。
一人でいることがあたりまえだったから。
「――……お前」
「あたしは、帰らない」
「自分が何言ってるかわかってるのか?」
ジェミマは小さく肯いた。
それはこの街に来てから大分たったときのことだ。
ある日、ゴミ捨て場に仔猫がいた。
いた、という表現は適切ではないかもしれない。クリーム色の仔猫はゴミ捨て場に積み上がった鉄屑の上ですやすやと寝息をたてていた。
つべこべ言わずにとっとと帰んぞ!
と、ランパスキャットは怒鳴ろうとしたが、何とかそれをこたえた。
有無を言わさず引っ立てて帰る。という魅力的な選択肢を実行しそうになったが、それをすると、せっかく怒鳴りつけるのを我慢した意味がなくなるので止めておいた。
「知ってるとは思うが……俺はな、あんまり我慢強い方じゃあない」
「……」
「ついでにいうと、どこぞの馬鹿みたいに寛大でもない。だから、後一度しかいわない。『帰るぞ』」
嫌だと示すようにジェミマは首を横に振る。
「お前なあ……それが、せっかく迎えにきてやった相手に対してとる態度か?」
「きてほしいなんて、頼んでない」
誰が連れてきたのか、仔猫は教会へやってきた。
仔猫が飼い猫か捨て猫か――はたまた、単に親猫とはぐれたのか。それはわからなかった。もしかしたら、誰かが仔猫を探しにくるかもしれないという可能性もあったが、こんな瞳も開いてない仔猫をひとりそのままにしておくわけにはいかなかった。
仔猫はひとまず教会に落ちつくことになる。
教会ならデュトロノミーもいるし、街の皆が出入りする。仔猫の世話には事欠かない。何より、教会にはリーダーがいる。何かがあったときの対応を考えてもそれは妥当な選択だった。
ジェミマがマンカストラップに呼ばれたのはその日の夜になってからだ。
『おいで』といわれるままに、マンカストラップのところに行くと、彼は毛布にくるまっているふわふわの仔猫を指して、にっこりと笑った。
『ジェミマ、今日から妹ができたぞ』
応えるようにぱっちりと開いた黄金色の瞳を、ジェミマは今も覚えている。
「『頼んでない』って……頼むかよ、こんなこと。頼まれたかねぇよ、普通」
「だったら、来なきゃいいじゃない」
「そういう問題じゃねぇだろ?」
「何が?そういう問題でしょ?嫌なら来なきゃいい。知らないふりすれば済むでしょ」
「馬鹿かお前」
「そうよ。どうせ馬鹿で可愛げのないガキだもん」
“手の掛かる子”、というのが、それ以来ジェミマに貼られたレッテルになった。
特に何をしたわけではない。いつものように過ごしていた。ただ、教会で過ごすことが少し増えた。ジェミマはジェミマなりに仔猫のことが気にかかっていたから。今まで外に出て遊んでいた時間は、教会で仔猫と一緒にいる時間に変わった。
すると、自然と年上のものとも一緒にいることが増える。
そこでジェミマは今まで通りに振る舞った。
今まで通り、よく遊んでくれる雌猫達にじゃれつき、兄猫の後をくっついて歩いた。勿論、仔猫の面倒だってよく見たのだけれど(もしかしたら、一番長く、よく、仔猫の面倒を見ていたのはジェミマかもしれない)。
愛情が、欲しかったのだと思う。
兄猫や他の猫達の関心が仔猫に移るのは仕方がないとわかっていた。
なら、自分はどうなるのか。
愛情を与えられなくなったものはどうなるのか、よくわからなかった。よくわからなかったが、それを考えるとこわかった。
だから、その思考を払拭するために、愛情が――ひとりではないという証が欲しかった。
そして、その結果が、それだ。
開き直るな。と、ランパスキャットはいった。
「『はい、そうですか』で済ませられる問題じゃない。いくらお前が馬鹿でもそれくらいはわかるだろ?」
「…………わかんない」
「ジェム」
そんなこと、本当は充分過ぎる程にわかっている。それでも、ジェミマは「わからない」ともう一度呟いた。
「――……ランパスはさあ、何で此処にきたの?」
「だから、」
義務だとか同情だとか。いいようはたくさんあるけれど。
「あたしは……放っておいてほしかったよ」
そんなものはいらない。
一番愛情を欲するはずの仔猫は、不思議なことに自分からそれを求めることは滅多になかった。それもそのはず、街中総出で皆仔猫の面倒を見たし、何よりマンカストラップが兄猫としての役目を充分すぎる程にはたしたから、仔猫が自らそれを求める必要がなかったのだから。
自分から欲しがるまえに、それは仔猫に与えられていた。
「愚問だな」
ジェミマの肩が震えた。
恐る恐るランパスキャットの顔を見上げたが、その表情には先程から何ら変わるところはない。いつもと同じように愛想の欠片もない、不機嫌そうな表情がそこには浮かんでいるだけだ。
「お前を放置してたらな、それだけで大変なことになるんだ。お前がひとりでどっか行っちまったら、それだけでお前を探す理由になんだよ」
「何それ、」
「放っとけねぇってことだ」
「……」
「帰るぞ」
ランパスキャットはそういうと、再びジェミマの腕を掴んだ。
「ちょっと!?ランパス!」
今度は強く。ジェミマが振り払おうとしても簡単には振り払えないくらいに。
「言っただろう?『一度しか言わない』って。何度もいわせるな」
「……」
「行くぞ」
ランパスキャットは空いている方の手で、顔を拭う。彼の毛先からはぽたぽたと水が滴っていた。いつも乾いて、ふかふかして、お日様と干し草のような匂いがするのが嘘のように。
そのときになって、ようやくジェミマは、ランパスキャットがこの雨の中、引き返しもせずにここまでやってきてくれたことの意味に気付いた。
見捨てたり、知らんふりすることもできたのに。ずぶ濡れになってまで探してくれたことの意味を。
「ぐずぐずすんな。置いていくぞ」
「…………うん」
「なんだ?まだ文句あんのか?」
「ううん」
慌ててジェミマは頭ん振る。
「あの……ごめんね?」
「馬鹿」
ランパスキャットはいつものようにそういうと、ぐいっとジェミマの手を強く引っ張った。ジェミマはそれにあわせて足を進める。
その強さにあわせることはとても心地よかった。
あとほんの少しだけ続きます。
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