あとがきとかメモとか諸々。
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猫:ミストフェリーズとシラバブ。
*****
その日は、いつにもまして静かな夜だった。
ミストフェリーズは窓の縁に寝そべっていた。
出窓となっているそこは、猫一匹が全身を伸ばしてくつろいでも、まだ充分なゆとりがある。
大きく開いた窓からは、月明かりがやわらかくふってくるようで、とても気持ちがいい。
月は、鈍く銀色に輝いて下界をやさしく見おろしている。
そろそろ子供達は寝入る頃だろうか。
くあぁぁ。と欠伸をし、前足で顔をかく。
宵っぱりを自認するだけあって夜には強い方だが(勿論、ランパスキャットやラム・タム・タガーには負ける)、たまにはそこそこの時間に眠くなることだってある。
このままここで眠ってしまおうか。
緩やかにこのまままどろみの中へと墜ちていくというのは、なかなか魅力的だった。
うつつと夢の境が曖昧になったかと思った瞬間には、もうこちら側を抜けてむこう側へと行っているような。
「ミスト」
と、小さな声がしたのは、ミストフェリーズがそんなことを考えながら、うつらうつらとしていたときだ。
「バブ」
ミストフェリーズはゆっくりと重い瞼を持ち上げると、シラバブに向かって手を振る代わりに尻尾を振った。
「どうしたの?」
「ねむれないの」
とてとてとシラバブは部屋の中へと入ってくる。
んしょ。と、仔猫には少し高すぎる段差を頑張ってよじ登る と、ミストフェリーズの隣に収まった。
おかしい。
あの兄馬鹿が、仔猫の夜更かしを見過ごすはずがないというのに。
「マンカスは?」
「さき、ねちゃった」
「――」
「かぜひかないようにおふとんかけて、おこさないようにしずかにでてきたよ?」
「……エラいねぇ」
ミストフェリーズはなんとかそれだけこたえた。
泣かせる話だ。
子守が子供にお守りされてどうすんのさ?
苦労性の我らがリーダーは、やはりどこか抜けている。
「ね、ミスト」
「ん?」
「なにか、おはなしして」
「――……おはなし」
困った。
こういうことは、マンカストラップやカーバケッティ、もしくは雌猫達の領分だ。
胡散臭い講義ならできるが、お子さまが聞いておもしろいおはなしなんぞ、ミストフェリーズにはできそうもない。
「おはなし。おはなし、ねぇ……」
だが、期待にきらきらと輝く仔猫の瞳をみたら、そんなことをいうわけにはいかない。
段々、マンカストラップのことを笑えなくなってきた。
ミストフェリーズは苦笑し、そっと仔猫の頭に手を伸ばす。
「ミスト?」
「――バブの瞳は、綺麗な黄金色だね」
「うん」
頭を撫でられて嬉しいのか、それともほめられたからか。シラバブはにっこりと笑った。
「ミストとおんなじだよ。あと、デュトさまとも」
「そうだね」
もう一人、同じ瞳をした猫がいることをミストフェリーズは知っていたが、あえてその名を口にはしなかった。
「――むかし、むかし」
4人の猫がいました。
「どのくらいむかし?」
「すごく昔」
世界にはまだ魔法が溢れていて。
人間は理の力に則って、自由に魔術を使うことができた時代。
「4人の猫がいて――4人はとても仲良しでした」
「なかよし?バブとおにいちゃんくらい?」
「ごめん、ウソ。なかよしは止めよう……とにかく、まぁ、4人の猫がいたと思いなよ」
4人はみんな見た目も性格もバラバラで、その能力も違っていましたが、たった一つだけ共通することがありました。
「4人は――4人とも、黄金色の瞳をもっていたんだ」
「きん?おんなじだね」
「そうだね」
黄金色の瞳は魔法の刻印。
4人だけの約束の印。
「それで?」
「え?」
「それで、どうなったの?」
「あ、あぁ……そうだね。それで……みんなで、まぁ、そう、毎日平和に暮らしていたんだけど……」
誰もが笑っていて、楽しかったあの頃。
記憶もないのに知っているのは、魔法の所為。
ただ、一つだけわからないのは――
「くらしていたんだけど?」
「――」
ミストフェリーズは曖昧に笑うと、誤魔化すように、もう一度、シラバブの頭を撫でた。
「4人とも毎日平和に暮らしていました。そして、その後も ずっと毎日平和に暮らしました――これでおしまい」
「それじゃあおはなしになってないよ!」
「え、ごめん。ボクの想像力ではこれが限界……ちゃんとしたおはなしはマンカスあたりにでもしてもらって」
やはりこういうことは兄猫の専権事項だろう。
仔猫の頼みなら、あの兄馬鹿は、喜んで童話の読み聞かせから創作話までしてしまうに違いない。
それに、この話を仔猫に話すにはやはりまだ早そうだ。
いつか必ず話さなくてはならないことだけれど、そのいつかは何も今でなくてもいい。
「おはなしはしてあげられないけど」
代わりとでもいうように、ミストフェリーズは両の手のひらを何かを包み込むような形にして、シラバブの前へとさしだした。
「ほら」
ミストフェリーズが手を開くと、中からは淡い光が溢れ出した。
光は一度強く輝くと、弾け、部屋中に霧散し、きらきらと七色の煌めきを放ちながら、雪のように降り注いでくる。
シラバブは光が反射して、キラキラと輝く瞳でミストフェリーズを振り返った。
「これでガマンしてくれる?」
「うん!」
しばらくすると、ミストフェリーズの隣から規則正しい寝息がきこえてきた。
すやすやと気持ち良さそうに眠る仔猫の毛並みをそっと撫でてやる。眠りが深いのか、仔猫が起きる気配は欠片もない。
ミストフェリーズは何とはなしに、もう一度手の中に光をうみだした。
そして、それを宙に放り、眺める。
――いつか。
この仔猫がすべてを知る日がやってくるのだろう。
近からず、遠からず。
確実に。
仔猫の時間は止まらずに、いついかなるときだって、必ず流れている。
今、この瞬間だって。
少しずつ、ゆっくりと、仔猫は大人になっていく。
そのとき、仔猫は大丈夫なのだろうか。
傷ついたり、かなしんだりしないだろうか。
そう考えて、愚問だとわらいをもらす。
もし、そんなことになったとしても、この仔猫ならば必ずそれをのりこえられるだろう。
それに、そうなったならば周りが――特に、兄馬鹿が約一名、黙っているはずがない。
だから、大丈夫。
ミストフェリーズは仔猫の顔をみつめた。
仔猫の目は閉じていて、その黄金色の双眸は瞼に隠れてしまっている。
瞼の下では、約束の印が眠っている。
くあぁ。と、ミストフェリーズは大きな欠伸をすると、自らも黄金色の瞳を閉じた。
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